言の葉の雨が降りしきる

アイドルのことを中心にV6とかアイマスとか。

岡田さんの結婚について思うこと、それから、“本当のファン”について。

アイドルのファンになって2年経たずに、メンバー2人の結婚を経験するなんてこと、そうそう無いんじゃないか。

つい先日、岡田さんが結婚した。
1年前に長野くんが結婚したのは記憶に新しい。新しいからこそ、まさか1年程度で次がくるとは思っていなかった。そういう意味では凄く衝撃的だった。
が、長野くんのときほどの驚きは、正直無かった。
多分、散々ネットニュースやら何やらで噂されてたからだと思う。ついこの間も何かのネットニュースで結婚か!? なんて囃し立てられていた覚えがあるし。その度に、いやここ数年で何回結婚してんだよ、と思っていたけど、ようやく来たかあ、という感じ。
長野くんのときは、私がお相手がいることを知らなかったから衝撃が大きかったんだと思う。あと、応援しているアイドルの結婚に実際に直面するのは初めての体験だったというのもある。

そんなわけで訪れた今回の結婚に関して、色んな意見が飛び交った。マイナス意見、プラス意見、どちらにも大きく傾いてはいない、いわゆる中立派も。

私の場合の話をしようと思う。
結構好き勝手言っているので、理解できないと思われた方はそっと見なかったことにしてください。

私の場合、“最初は”どちらかと言うとマイナスだった。それはまあ、多分察してもらえると思う件の噂のせい。私の悪い癖なのだけど、一度意見が固まるとそういう意見ばかり漁るようになってしまう。けどそれじゃあフェアじゃないな、と改めて思い直し、幅広く色んな意見を見るようにした。

その結果、“今は”中立派になったのだ。
まずそもそも、あの噂自体信憑性はイマイチだった。証拠と言えば元旦那さんとその周辺の主張のみ。それも後々撤回。それを事務所の圧力によるものだと捉えることもできるが、それはもはや憶測でしかない。憶測を事実と断定して議論をするのはあまりに危険だ。絶対嘘とは言えないものの、絶対事実とも言えないのだから、私はこの件に関しては静観することにした。

じゃあ、なんでそれでもプラスにはならず、中立派なのかっていうと。
結婚自体がどうこうというよりは、その発表の仕方が腑に落ちなかったからかなあ、と思う。FC会員宛に報告、までは良かったけれど、発送ミスからのSNSでのフライング。いや、それらに関しては岡田さんに罪はないんだけど、残念な結果に終わったことには違いない。
あと一番引っかかったのが、イブを選んだってところ。これは気にする人、気にしない人とで大きく分かれるところだとは思うけど、私はどうも気になってしまった。言ってしまえばこの結婚発表が岡田さんからファンへのクリスマスプレゼントとなってしまったわけで。例えそんなつもりは無かったとしても。どうせならこんな伝統的かつ世界的なビッグイベントがある日ではなく、なんでもない普通の日にして欲しかったなあと思ってしまうのはファンのエゴなのだろうか。

それでも、めでたいことに違いはない。と思う。私は。だから、やっぱり今は、おめでとうございますと言いたい。そもそもアイドルが既婚者なんて……という意見もちらほら見たものの、私はそこに疑問はない。歳をとっていく以上、アイドルとしての売り方も変わる。既婚者や、父親になることによって生まれる新たな魅力、新たなファン層というものもあると思うのだ。現に、イノッチのあさイチで見られる頼もしさというか説得力みたいなものは、彼が家庭を持ち、守る人であればこそだと思うし。
受け入れられない人はいる。認められない人もいる。それはアイドルである以上、仕方ないことであると言える。一方で、例えアイドルであろうとも、家庭を持ちたいと願うこと、そしてそれを叶えることもまた、人として当然の権利であるべきだと私は考える(その思想に対する反論もあるとは思うんだけど、それについてはまたの機会に)。
こうやって批難されたり、ファンが離れたりするリスクを考えた上で、それでもこの決断をした岡田さんに、私は敬意を示したい。
それでもやっぱり寂しいのに変わりはないので、ちょっとしょんぼりしつつ、言わせてほしい。
ご結婚、おめでとうございます。どうか末永く、お幸せに。

岡田さんの結婚についてはここまでなんだけど、それとは別に、今回の結婚騒動の中で、改めて考えたことがある。
それは、“本当のファン”ってなんなんだろう、ということ。
物凄く苦手な言葉があって。今回もちらほら見かけた、「ファンなら祝福すべき」というやつ。

祝福できなきゃファンじゃないのか?
ファンだからこそつらいものもあるんじゃないのか?
っていうかなんでそんなこと他人に言われなきゃいけないの?

っていうのは、結構前から思っていたことだった。
しかし今回、全く逆の意味で“ファン”というものを考えた。祝福すべき、というのと(多分)同じくらい見かけたのが、「ファンならつらくて当たり前」というもの。さらに言うと、「祝福できるのは他担」「喜んでるのはお花畑、お金落とさない人たち」なんていうのも。

いやいや待ってくれ、と私は思わず頭を抱えた。
祝福できるから、本気じゃなかったと?
片手間で応援していたのだと?
そう言いたいのなら、紛れもなく、間違っている。

どちらも納得はできないものの、まだ、祝福できないなら〜の論調のほうが理解はできる。基本的には結婚とはおめでたいことだからだ。いつだってついてまわる、それでも切ない、悲しい、という心理を全く無視して祝福を押し付ける態度はもはやハラスメントだが、そこに至る思考回路は分からなくはない。
ただ、後者の場合。理解しようとすれば、ファンであればすべからく結婚を受け入れられないものだという思考が前提となるだけでなく、「祝福できる人間は金を落としていない」という、一体どこから出てくるんだと思えるような根も葉もない考えが主軸となってしまうのだ。
統計を取ったわけでもないので本当はどうだかはわからないけど、そうやって考えてしまうことはとても危険だと思う。そりゃ、ちょっとテレビで見てた、くらいの、ファンとも言えない立場の人のほうが悲しみを負うことは少ないだろう。お金をかけていない=傷も浅く、結婚を祝福できる、という理論は一応成り立つ。しかし、逆もまた然りだとは言えないのだ。たくさん応援してたからこそ、喜びもひとしお。そういう人だっているに決まってるし、そういう人たちを、お金を落としてないからそんなこと言えるんだ、本当のファンじゃないんだ、なんて口撃するのは絶対に間違っている。
(というかそもそも、お金を出してるから何言ってもいい、という主張にこそ私は反論したくてたまらないのだが、それもまた別の機会に。)

結局何が言いたいかっていうと、「本当のファン」なんていう定義付けこそ無意味だということ。悲しい人、嬉しい人、切ないけどお祝いしたい人、でもやっぱり無理そうな人。色んな人がいて当たり前。アイドルの形に正解が無いように、ファンの形にも正解は無いのだから。と同時に、自分の中のファン像を他人に押し付ける態度はファンの形として不正解だと言ってしまっていいと私は思う。どう捉えるのも自分の勝手だけど、決してそれを人に押し付けてはいけない。決めつけてはいけない。ファンとして、というか、人として当たり前のことだ。
どっちが本当のファンか、なんてくだらないことでいがみ合う様ほど見たくないものはない。それは無意味な争いだ。

考えとか思考が一週間でぐるっと変わるくらいには意志が弱い人間なので、一週間後にはまた違うことを言っているかもしれないけれど、とりあえず今、考えている気持ちはそんな感じ。いつも心の中でもやもやさせるだけなので、たまには文章にしてみるのも大事かな、と思い立って書いてみたけど、案外すっきりまとまって、少し気持ちが楽になった。ちょっと、というかだいぶ説教臭くなってしまったのが反省点だなあ。
とにもかくにも、色んな意見を見て色んなことを改めて考える、良い機会になったのかな。

最後に。
改めましておめでとうございます、岡田さん。
これからも、V6の末っ子として、俳優岡田准一として、色んな姿を見せてもらえたら嬉しいなあ、と一ファンとして思います。どうかその決断が、未来永劫幸せなものとなりますように。